心理カウンセラーが綴る、ココロの覚え書きみたいなブログです。
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ほんま さふみ

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「明日、地球が滅びようとも
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岬めぐり


昭和な懐メロって
どこか長閑で和みがあるよな〜♪
と感じつつ、本日は「岬めぐり」をご紹介。

曲の内容は
別れた恋人が話していた岬を一人ぽっちでめぐる男性の
胸のうちを歌ったもの。
その中で私が好きなフレーズがこちら。

「砕ける波のあの激しさで あなたをもっと愛したかった」


別れた人は
とても大切な人だったんだろうな。
きっと。
とても大切だったのだけれど
手放してみて、あるいは失ってみて、
気づいたんだろうな。

もっと大切にすればよかった

って。

でも、例え
仲が良い時にどれほど大切にしたとしても
別れた時には
もっと大切にすればよかった
ってやっぱり思っちゃうんだろうな。
心をよせた人だもの。


いかなる事情にせよ、愛する人との別れほど
非情理と感じるものは無い。

身も心も張り裂けるような思いをしてまで
別れを受けいれなければならないのだから。

そんな思いをしてまで別れたということは
そこには
相手への幾ばくの思いやりがあるのだろう。

願わくば
大切な人を思うように
自分のことも大切にしてほしい。
そして
人を思いやる優しさが、尽くしがたい愛情が
自分の中にあることに気づいてほしい。

そして
哀しみを愛情で包みながら
この先で待っている新しい出会いに
めぐりあってほしいな。

「岬めぐり」の男性が
ひととき傷心を癒した後、
新しい生活が待つ町に足を向けるように。


ちなみに。
収録されている「岬めぐり」は2番までしか無いけれど
幻の3番が存在するらしい。
曲の流れからして、キレイさっぱり!あ〜スッキリ!
…とは行かないんだろうなぁ。たぶん。

まー
恋人と別れて気持ちを引きずるのも
恋愛の醍醐味なりよ。
参加することに意味がある運動会だと思って
バンバン挑戦したらよかとです♪









2009⁄11⁄11 11:00 カテゴリー:未分類 comment(0) trackback(0)
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朝三暮四


友人達と飲んだ席で
故事成句「朝三暮四」が話題となった。

成句の意味は
「表面的な相違や利害にとらわれて
結果が同じになることに気づかぬこと」
「目先の差別のみにこだわって
全体としての大きな詐術に気づかぬこと」
(大辞泉より)。
昔、サルの飼い主が餌のトチの実を節約しようと、
「朝に三つ、夕方に四つ与えよう」とサルに言ったら、
「それは少ない」とサルが怒ったので
「じゃぁ、朝に四つ、夕方に三つにしよう」と言うと、
サルは大喜びをした、
というエピソードから来ている。

で。
それまで
サルってバカだなー
と思っていたのだが、衝撃的な事件が起きる。
このエピソードを聞いた友人がこう言ったのだ。

「私もその方がイイ〜!」

イイーッ?!
友人はサルと同じレベルなのか?
単に酔っ払っているだけなのか?
恐る恐る、賛同した理由を聞いてみた。

「だってさー、節約してるってことは
もしかしたら、夜ゴハンは無いかもしれないし
これが最後のご馳走になるかもしれないんだよ〜。
目の前のご馳走は有難く頂かなくっちゃ♪」

思いもよらぬ見解で固まってしてしまった私に
別の友人が追い討ちをかける。

「私もその方がイイ〜!」

再びイイーッ?!
理由を聞けば
「もともと朝三つだったのが四つに増えたんでしょ。
なら、一つは儲けもんと思ってキープできるじゃん。
朝ってそんなにお腹空いて無いし〜」

…確かに、朝からガッツリ喰う気はしない。
いや、でも、夜四つ貰って
そこから一つキープしたっていいんじゃん?
と聞けば
「ダメダメ〜。
夜はビールを飲むから自制が効かなくなって
全部食べちゃうのよ〜。そしたら太るでしょ?」

…あ、あのさ、この故事はさ
「最後の晩餐は豪勢に食べましょう」とか
「健康のために、朝は四つにしましょう」とか
って勧めているのでは無く
「目先のことに囚われるなよ」
ってコトが言いたいんだけどさ。。

まゆつばで友人達の理由を聞く一方、
何で全然違う見方ができるんだろう?
と不思議で不思議でたまらなかったが
ハタと気づく。

「飼い主から与えられる」と言うことは
「飼い主にコントロールされる」と言うことであり
「(生活や人生の)主導権が飼い主にある」
と言うことになるが
友人達はそこに収まっていない。
友人達は
自らの意思で
自分の生活、自分の人生をコントロールしているのだ。
だったら
自分がハッピーになる方法を選ぶのは至極当然。

もし、
飼い主から与えられるだけの生活に甘んじていたら
一生自活なんて出来ないだろうな。

いや〜、びっくり。
こんな発想のできる友人達に脱帽。

一方、友人達のような視点が持てなかった
自分の中を見てみる。

出ました、出ました!
私を盲目にさせる妙な習癖
「共感したイデオロギーや偉人に、どハマる」。

痛感した所があったからこそ、
そこから何か得ようと深く入り込む。
それ事態、悪いことでは無いのだが
そこから派生して
自分が尊敬する人物を絶対視する時がある。
これがヤバイ。

尊敬する人物を
昇華の一例として位置づける迄は良いのだが
度が過ぎて、その人の言う通りに行動してしまい
結果、イタイ目に遭ったりする。
哀しい哉。
イタイ目に遭っても、吐き処が無い。
何故なら
「自分が尊敬した人の言うことは絶対だから」

何とも虚しい…。


冒頭の罵詈は撤回だな。
朝四つで喜んだのは
実は、友人達のような視点があっての
サルの策略だったのかも。

大きな詐術に気づかないのは
むしろ私の方だ。

むー。
サルって侮れない。









2009⁄11⁄10 03:00 カテゴリー:未分類 comment(0) trackback(0)
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